“Intersteller Reincarnation”
当シーズンは19BY(2007-2008)以降の「新政」における最初の到達点ともいえるべきものであるかもしれない。東日本大震災の余韻が残る中、売り上げの不安を抱えたまま、市場の様子を見ながら開始せざるを得なかったこともあり、新規の取り組みとしては目立ったものがなかったが、そのぶんこれまでの三年間に及ぶ試行錯誤が実を結んだのか、全編が高いクオリティの作品で占められることになった。
以前はややもすると「亜麻猫(あまねこ)」「やまユ」や「90%純米」などの斬新な作品ばかりが議論の対象となり、当蔵は得てして “ 話題先行のメーカー ” というレッテルが貼られがちだった(もちろん本アーカイブで詳説しているように、造り手側としては極めて真摯なコンセプトで造っていた。ただしこうした背景やコンセプトについては蔵側の説明不足もあって、ほとんど理解してもらえていなかった)。
ところが、このシーズンは一点物においても定番においても、高い完成度の味わいの作品をシーズンを通じて安定的に送り出すことに成功し、一般市場の評価をさらに増すことになったのである。キャリアには乏しいものの製造スタッフのチームワークが良好であったこと、蓄積した技術が一定のレベルを超えたこと、またベストヴィンテージとも言える原料米の出来の良さ、そしてコツコツと進めていた設備投資が反映された成果であろう。特に大箱による麹造りの完成度は非常に向上しており、製麹担当の古関弘氏はその評価を大いに上げることになった。
初めて全貌を現した4種類の「やまユ」、格段にレベルアップした「六號 純米」、より安定した味わいを獲得した「陽乃鳥(ひのとり)」、そして吟醸とも見まごうばかりの出来の「90%純米」。ほか前シーズンに弱点を露呈した「碧蛙(あをがえる)」を完全にリニューアルした「天蛙(あまがえる)」も登場している。極め付けに「No.6」の初リリースもこのシーズンであった。地元の普通酒も、当シーズンの最後にはアルコール添加を行わずとも所定の軽快さを達成することも可能になり、いよいよ(さらなる値上げは伴うものの)全量純米化が実現可能な領域に近づいてきていた。
さらに速醸酒母からの脱却についても不可能ではないところまでこぎつけてもいる。蔵元は、退職した酒母担当のかわりを務めることとなり、酒母の改革を推し進めていた。このシーズンは「亜麻猫」でおなじみの白麹酒母や様々な生酛系酒母など、とにかく醸造用乳酸剤を入れなくても済むのなら、どのような手法でも試してみるというシーズンだった。失敗も少なくはなかったが、この一年は酒母に関しての知識が飛躍的に高まったシーズンであった。
このように醸造はこの上なく順調に進んだのだったが、経営面では予想外の事態に襲われることになる。この頃、無人となった新屋工場を解体し、更地にする計画を進めていた。ところが、仕事を依頼した解体屋が作業途中で仕事を放棄して音信不通になってしまったのだった。雪が溶けて作業が開始されたものの、途中から業者はさっぱり現場に姿をあらわさなくなり、新屋工場跡地は半壊状態で放置されることとなった。その解体業者の事務所を訪ねて見れば、市内の小山の中腹にぼろぼろの小屋があるだけで、ポストには様々な郵便物が入りきれずに地面に散乱しているばかり。事前の調査が甘かったのだ。これはおかしいと気づいたときには、もう遅かった。業者は二度と姿をあらわすことはなく、解体現場はホーロータンクの鉄をはじめ解体費用の足しにしようと思っていた金目のものが完全に抜き取られていたうえで放棄されていた。
解体の同業者に様子を聞いてみると、業界内では周知の悪徳会社であった。どうやら東日本大震災絡みの仕事が有り余っているため、数年は秋田には帰ってこないのではないかという話であった。弁護士に相談に行ったものの、解体業者の中にはタチの悪いところが多くあり、こうした事例は珍しくないということ。うまく代金が取り返せた例はほとんどなく、たいていは弁護士費用を損するだけになることが多いということだった。
当時、専務であった蔵元は、醸造の総指揮のほか、専門店の来訪対応や営業活動、または本醸造系商品の終売にまつわる既存取引業者の説得や対応にも追われており、解体業者の選定には関わっておらず、すべてが寝耳に水であった。ひとしきり父である社長と責任問題について悶着が起こったが、どのみち一致団結して乗り切る以外にはなかった。
そして醸造が済んだあと、蔵元は爆撃直後のドレスデンとみまごう新屋工場跡地に本格的に立ち向かわなければならなくなってしまった。おそるべきことに、悪徳解体業者が金目の物を盗み出すために適当に建物を破壊してしまったため、新たに更地にする見積もりをとってみたところ、その費用は目を覆うばかりの額に跳ね上がってしまっていた。すでにこの件に関して、解体費用にして数千万を騙し取られているうえ、金目の資材だけでも計1000万相当が盗まれていた。蔵元はオフシーズンの諸雑務をこなす傍ら、弁護士に相談しに行き、業者に内容証明文書を送り、しきりに事務所所在地を見張りに出かけた。この件に費やされた時間と労力は計り知れなかったが、結局、成果はなかった。
そのまま時間は過ぎてゆき、地域の住民も異常を察し始めることになる。風の強い日は砂や粉塵が立ち上り、会社にはクレームが入るようにもなる。もちろん、すぐに更地にしたい。こんな見苦しいものを放っておくわけにはいかない。周辺地域の住民に平謝りしながら、解体費の見積もりを見て絶望的な気持ちになる。失われた金で何人社員を増強できたのか、あるいは設備投資ができたのか―――そして気づくと、夏が過ぎ去って肌寒さを感じる時期になっている。また新しい醸造期間が始まるのだった。
酒米品質は90点であり、素晴らしい。全国的にやや寒冷ではあったが、前年のような高温障害はなく、適度に溶けやすい理想的な酒米であった。冬はかなり寒かったため、これまた酒造りにも適した環境であり、全国的にもベストヴィンテージのひとつだったのではなかろうか。
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23BY July.2011 - June.2012桃やまユ 第三世代
- 価格:¥1,650-/720mℓ・¥3,300-/1800mℓ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:麹米50%、掛米55%
- 原料米:改良信交
- 日本酒度:±0 / 酸度:1.7 / アミノ酸度:0.8
「赤やまユ」の跡を継ぎ、名実ともに「やまユ」シリーズの顔となった「桃やまユ」である。かぎりなく雑味がなく、あざやかな酸味とそして切れの良い甘みの絶妙なバランス。市場では「桃のジュースのよう」と形容されたようであるが、確かに第三世代にして早くも「桃やまユ」は完成の段階にさしかかったものといえよう。3年目にして原料の「改良信交」のポテンシャルの高さが十二分に発揮されてきたのではないだろうか。
すでに述べたことであるが、「改良信交」という米は「美山錦」と親を同じくする兄弟分である。「信交190号(たかね錦)」の栽培中に醸造特性の良い株を選抜したのが、秋田生まれの「改良信交」だ。こちらは1955年生まれとなっている。
対して「美山錦」は1978年の長野県生まれであるので、「改良信交」より20歳以上も年下の弟になる。「信交190号」に放射線を照射して得られた突然変異株であり、少々人為的な生まれとなっている点が興味深い。
醸造適性や得られる酒の香味は極端に真逆であって、まさに温厚篤実、誰にも好かれる「改良信交」と、性格にムラのある、個性的な「美山錦」というふうに例えられるだろう。「やまユ」の飲み比べをする際、その原料の来歴の上でももっとも興味深いのが、この「桃」と「青」の対比にほかならない。
さて「桃やまユ」の話に戻ろう。このシーズンの製法における最大の特徴は<一部の作品において麹と掛米の精米歩合を変える>という取り組みがなされたことである。例えば、この「桃やまユ」の場合、麹の原料米は50%磨き、掛米は55%磨きであるが、たったこれだけの違いでも明らかな酒質改善効果が見られている。結果として、過去最高の「桃やまユ」になったと言っても過言ではないだろう。 -
23BY July.2011 - June.2012青やまユ 第三世代
- 価格:¥1,650-/720㎖・¥3,300-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:麹米50%、掛米55%
- 原料米:美山錦
- 日本酒度:±0 / 酸度:1.7 / アミノ酸度:0.8
「美山錦」を原料とする、「やまユ」シリーズ最古参となる「青やまユ」も過去最高クラスの出来栄えとなった。それぞれの原料米の特徴を鮮烈に表現することが目的の「やまユ」であるが、それぞれの味の特徴は以下のように形容できるだろう。すなわち、まろやかな「桃」、透明感あふれる「白」、奥深い「緑」、そして個性的な「青」である。
この中でも「青やまユ」の製造については、細心の注意が払われる。一般的に人の個性の評価でもそうであるが、その際立った特徴について、周囲にポジティブな感想を抱いてもらえなければ、それは「個性」とは認められない。単に「変人」で片付けられてしまう可能性が高いだろう。なぜなら「個性」とは本質的には褒め言葉であるからだ。「特徴」を「個性」と認めてもらうには、最低限の社会性が必要なのかもしれない。
「美山錦」の特徴を官能的なレベルに昇華するには、それなりの戦略と取り組みが必要となる。硬質米のため溶けにくく、ややもすると苦味や渋味が浮いてしまうため、特に原料米の品質が重要だ。当然のごとく「青やまユ」には、その年で最高の「美山錦」が投入される。また酒の味わいを決める麹造りにおいても、ミスは許されない。なお当季から、全商品において麹用の原料米を、掛米よりも良く磨くことにしたのは、「美山錦」の苦味や渋味をいかに軽減するかという悩みから得られた知見であった。
こうして完成した当季の「青やまユ」は、「桃」の完成度や、圧倒的軽やかさから人気を博した「白」に比べて、市場評価は地味ではあったものの、その本来の魅力であるいぶし銀の味わい、玄人にも訴えかける滋味深さによって、当年度も「やまユ」シリーズの多様性を十分に下支えしてくれた。 -
23BY July.2011 - June.2012白やまユ 第二世代
- 価格:¥1,650-/720㎖・¥3,300-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:麹米50%、掛米55%
- 原料米:酒こまち
- 日本酒度:±0 / 酸度:1.5 / アミノ酸度:0.8
「やまユ」は前季からポップラベルデザインに変更したのだが、早くも当シーズンからすでにデザイン上のマイナーチェンジがかかっている。
ちなみにファーストバージョンのデザインについて。22BY(2010-2011)では、封印シールには色ごとに違ったデザインの縁取りが施されており、かつカタカナで「ジュンマヰギンジョウ」という表記が目立っている。また最下部には英数字の「6」もあしらわれている。これらデザイン上の意図であるが、「やまユ」は五代目佐藤卯兵衛の時代の当蔵の製法をベースにしているため、大正レトロ風な味付けにしたのだった。
しかしながら当シーズンでは、よりシンプルにデザイン性の向上に徹することになった。特注の非常に長い封印を採用しながらも、あえてなんの文字も入れていない。そのかわりに封印の最下部にはそれぞれの味わいからイメージされた花のシンボルイラストをワンポイントとして挿入している。
「桃やまユ」はチューリップ。「青やまユ」は薔薇。「白やまユ」はカメリア。「緑やまユ」は睡蓮がそれぞれの象徴として刻印された。
酒質、デザイン面でもより落ち着いたことで、ここから木桶に移行するまでの2年の「やまユ」は人気面では絶頂期にあったのかもしれない。 -
23BY July.2011 - June.2012緑やまユ 第一世代
- 価格:¥1,650-/720㎖・¥3,300-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:麹米50%、掛米55%
- 原料米:美郷錦
- 日本酒度:±0 / 酸度:1.7 / アミノ酸度:0.9
数年の準備期間を経て、やっと当シーズンに発売までこぎつけた「緑やまユ」である。原料の「美郷錦」は、「山田錦」「美山錦」という全く正反対の性質を持つ酒米の交配種である。双方の利点がともに酒に現れた場合は、実に優れた酒となる。すなわち「山田錦」の味の幅やまとまり感。そして「美山錦」に見られる良質な渋みや複雑性が、同時に再現されるのである。
ただし、これらのポジティブな性格がそろって現出することはめったに無い。もともと栽培地が寒冷地なため、「山田錦」的な性格は非常に出にくいのかもしれない。気候や立地に問題があったり、栽培方法において肥料が多いなど不備があった場合、「美郷錦」は単に値段の高い「美山錦」でしかなくなる(「美郷錦」は収量に乏しく、当蔵の場合「美山錦」の1.5倍の仕入れ価格となる)。いや、ピュアな「美山錦」が持つあの鋭角な口当たりすら失われ、その酒はより面白みのないものになってしまう。
そうしたリスクを乗り越え、ついに「緑やまユ」はリリースに至った。 出来としては、甘・渋・酸・旨・苦がバランス良く実に完成度が高いものである。
こうして「やまユ」全色が揃い踏みすることになったが、翌年の24BY(2012-2013)にて3年間のポップラベル時代は早くも終了となり、「木桶やまユ」時代へと移行していく。このポップラベル期の3年間の中でも、この23BYは傑出したシーズンとして当時を知るものの記憶に残っているだろう。 -
23BY July.2011 - June.2012純米吟醸 No.6
- 価格:¥1,600-/720㎖・¥3,300-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:麹米50%、掛米55%
- 原料米:吟の精、酒こまち
- 日本酒度:+2 / 酸度:1.6 / アミノ酸度:0.8
前シーズンまでの「六號 純米吟醸」の後継でありながら、「やまユ」と並ぶ当蔵のもうひとつの柱として想定された新しい銘柄がこの「No.6」である。
酒質の割にぱっとしなかった「六號 純米吟醸」の轍を踏まず、もっと好き勝手に、アヴァンギャルドな設計で醸して、それをわかってくれそうな店だけに売ればいいと発想を転換したのがこの酒の方針である。
地酒卸である「日本名門酒会」(*)で流通される酒であったが、広域に展開してしまうとまた種々の要望に対応せざるを得ず、保守的な仕上がりになる。「日本名門酒会」は全国に約1800の加盟店があり、本格的な地酒専門店が多く参加はしているものの、中にはスーパーマーケットなども含まれていた。ということで、店については全国で60軒程度に絞り、選別させていただくことにした。こちらがすでに直接取引を行っているハイレベルな店舗(もちろん「日本名門酒会」の加盟店でもある)がメインであるが、「日本名門酒会」側からの推薦による新規店も合わせて引き受けることとなった。
デザインは22BYにリリースされた「六號酵母生誕80周年記念酒」をそのまま採用している。このデザインについてであるが、実際のところは賛否両論であった。「新政らしくない」「日本酒らしくない」という否定的意見も少なくはなかったのである。しかしながら店舗を絞ったことでそうした雑音にも惑わされることもなくなった。
なおこのシーズンを含めて2年間、「No.6」は生タイプと火入れタイプの両方がリリースされた。6号酵母の生々しい感覚をダイレクトに伝えるには当然生酒のほうが良い。販売先も安心できるところばかりなので、夏に生酒を売ることだって不可能ではない。ただし当時、当蔵には冷蔵庫が充分になく、「No.6」すべてを生酒化するためにはさらなる設備投資が必要とされていた。本作品が全量、通年の生酒に統一されるのは、2年後の25BY(2013-2014)である。
*「日本名門酒会」とは、“地酒のパイオニア”と呼ばれ、地方銘酒を全国で初めて流通させた地酒卸である。 -
23BY July.2011 - June.2012茜孔雀(あかねくじゃく)第二世代 ※「陽乃鳥」第四世代
- 価格:¥1,800-/720mℓ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:60%
- 原料米:美山錦
- 日本酒度:-25 / 酸度:2.5 / アミノ酸度:1.5
二年目の「茜孔雀」であるが、当季はより濃厚な味わいを達成するために、酒母を「生酛系」とすることにした。具体的には、いわゆる「秋田流生酛」といわれる、山廃と生酛の中間のような製法の酒母を用いている。さらに当シーズンは、優良な乳酸菌を微生物メーカーから購入して、それを投入してみるというやり方も試していた。
こうした培養乳酸菌を購入して使用するやり方は、伝統製法のように時間をかけて菌を自然発生させる手間がなく、いわば素人向けのやり方といってもよい。当蔵としても、伝統的な生酛系の製法からは一旦遠ざかってしまうのが非常に悔しいが、最終的に完全な技術を習得するためにも、まずは様々な手法を通して乳酸菌の扱いに慣れなくてはならなかった。
培養乳酸菌を用いたことで、生酛系酒母の製造は格段に楽になり、安全性も増した。酒質においても伝統製法の良く出来たものには及ばないものの、まずまず及第点といえるものができる。
なお生酛系酒母は「貴醸酒」にはよく作用したようだ。生酛由来の酸味の増強が甘みの高さと相まって総合的なバランスを押し上げている。良好な米質のおかげもあり、当季の「茜孔雀」は間違いなくそれまででも最高の出来になったといえるだろう。 -
23BY July.2011 - June.2012亜麻猫(あまねこ)第三世代
- 価格:¥1,400-/720mℓ・¥2,800-/1800mℓ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:60%
- 原料米:酒こまち
- 日本酒度:+2.0 / 酸度:2.0 / アミノ酸度:1.1
当蔵の無添加製法の要であった白麹酒母をベースとする「亜麻猫」も三代目を数えた。黄麹を用いず、白麹を用いることで醸造用乳酸剤に頼らずとも、まるで生酛系のような無添加のナチュラルな酒母ができる――― この「白麹酒母」の開発の過程で「亜麻猫」が生まれたのであった。
しかし、この頃の当蔵は速醸酒母から脱却するために、通常製品にも白麹酒母を用いるようになっていた。実際のところ当シーズンは「亜麻猫」だけではなく、「やまユ」、「六號 純米」「No.6」なども「白麹酒母」を用いて立てられている。当シーズンは実験的な様々な酒母が混在していたものの、特に「白麹酒母」はその安定性から酒母製法としては過半数を占めるメイン製法となっていた。
しかしながら、このあおりをくらい、当シーズンの「亜麻猫」の品質は伸び悩むこととなる。白麹の製造量は倍増することとなり、これがかなりの負担として現場にのしかかってしまったためである。結果として白麹の出来はひどくばらつき、 「亜麻猫」の酒質はかつてないほどに乱高下を繰り返すことになってしまった。
実際のところ、人員の不足に加えて、白麹の製造体制がまったく整っていなかったのが失敗の最大の原因でもある。無理やりベニヤを貼って断熱したような急造の作業場のために、細かな温度コントロールができない。白麹の製麹は、前半の温度を高く、後半は低くするという、黄麹とは真逆の温度経過を辿る必要があるのだが、こうした複雑な操作を実現するには、当時の白麹室はあまりに不備があった。
翌シーズン以降、製麹設備の見直しのおかげで、ようやく「亜麻猫」の根本的なブラッシュアップが達成されることを考えると、当シーズンはいわばこの銘柄にとって雌伏の時であったといえよう。 -
23BY July.2011 - June.2012天蛙(あまがえる)第一世代
- 価格:720ml/1,500円 完売済
- アルコール分:9度
- 精米歩合:60%
- 原料米:酒造好適米
- 日本酒度:-20 / 酸度:3.5 / アミノ酸度:2.0
前シーズンに不完全な出来となってしまった「碧蛙(あをがえる)」を再度設計し直した作品である。「亜麻猫(あまねこ)」をベースとして酸度を高めるとともに、低アルコール酒に発生しやすい未熟香の対策として、瓶内二次発酵を合わせて行った点が大きな変化と言える。もちろん、「碧蛙」同様、既存の低アル発泡酒がはらむ問題点を克服しようという試みも、より綿密に計算されて継続されている。
一般的に、市場に存在するアルコール度数が10%以下の発泡清酒は(瓶内二次発酵であろうと、炭酸ガス充填方式であろうと)そのアルコール度数の低さからボディ不足となりがちだ。その欠点を補強するために、この手の製品の多くは、高い酸度と強い甘みにその酒質設計の多くを依存している。
たとえば一般的な低アルコール発泡清酒の成分であるが、酸度においては最低でも4~5以上は必要だ。甘さについても相当なブドウ糖量が不可欠である。日本酒度にしろ-30以上はあるものが大半だろう。
こうした特殊な成分の酒を造るには正統的なやり方では難しい。まず一般的な製法で発酵させた場合には、日本酒の酸度が3以上になるのは稀だ。酵母は、もろみにおいてそんなに多くの酸を生成しない。酸度が3以上になる場合は、乳酸菌汚染が起こっている場合が疑われるだろう(酒造の教科書でも酸度3以上を「多酸酒」としている)。こうした乳酸菌に汚染された「多酸酒」の酸味は、酢酸などが入り混じっていておいしいものではない場合が多い。
ではどうやって酸度が高くてきれいな酒を造るのかといえば、ほとんど「酒母」のようなもろみを搾るということにすれば、それは労せず可能である。なぜなら「酒母」とはたいへん甘く、酸っぱく、かつアルコール度数も低いものであるから、これを主体とした酒にするのは理に叶っている。
ただしそうした低アルコール酒は、大方「速醸酒母」がベースになるだろう。そもそも市場の日本酒のほぼ全てが「速醸酒母」で作られているわけだし、「速醸」スタイルならかなり大きな仕込みサイズでも簡単に製造可能だ。(仮にこれを「生酛系」ベースにすると非常に手間がかかるし、仕込める量が限られてしまい大量生産は不可能だ。またアミノ酸が多くてスッキリしないなど弊害も生まれてくるだろう)
このように「速醸酒母」を多少薄めて低アルコール酒を造ったりするのが一番合理的なわけだが、その場合、その「速醸」ならではの成分構造を強く引き継いでしまうことになる。この点が、(あくまでも我々に取ってはだが)大きな問題を孕んでいると思われた。
というのも「速醸酒母」には、比率としてあまりにも多くの醸造用乳酸が含まれているからだ。「速醸酒母」の成り立ちを見てみると、仕込み直後の段階で、すでに酸度が4以上になるように醸造用乳酸剤が加えられている。そして完成時には酵母が出した酸が加わり、7程度になる。つまり「速醸酒母」に含まれる総酸のうち、醸造用乳酸剤が占める割合は実に60%以上を占めていることになる。
このように醸造用乳酸剤、つまり酸味料が多くの割合を占めるのであれば、「速醸酒母」そのものはリキュール以外の何者でもないと言っていいだろう。通常の酒造りでは、酒母の割合は(三段仕込みを通じて)全体の6%程度にまで低下するので、最終製品における醸造用乳酸剤の割合はかなり低下するのではあるが、「速醸酒母」をそのまま、あるいは大部分が「速醸酒母」であるような酒を搾るとなると、これは添加物の量が無視できない大きさとなり、話が違ってくるのである。
こうした「速醸酒母」そのものといった酒が市場に散見されるようになり、かつこれが「純米」とすら言えてしまうのは、当蔵にとっては酒税法の抜け穴を突いたもののように思われ、将来の清酒市場に禍根を残すように思われたのだ。
ほか、これに限らず低アルコール酒の製法については、自然な造りや、伝統技法を無視して進められがちな面が否めない。このように、アルコール度数が10%以下の発泡清酒については、蓋を開けてみると添加物の大量使用が前提であったり、リキュールまがいのものが少なくないように見受けられた。またこうした酒は、やり方さえわかってしまえば素人でもできるため真似されやすい。性質上、大量生産に向いたものでもある。実際、この低アルコール発泡清酒のジャンルについては、大手メーカーが炭酸ガス添加方式の低価格酒を投入してすみやかにシェアを奪ってしまうことになる。
「天蛙」はそのような添加物を一切廃した、まさに米だけから成る「低アルコール発泡清酒」を目指して設計された。味も独特であり、まさに純粋に米と水からこのような味わいが達成できるとは、醸造側も驚異を感じるような作品がここに誕生したのであった。
我々はこの作品に大きな欠点―――いや制限をあえて残した。「天蛙」は、あくまでも「生」の味わいを尊重し、火入れを施さないこととした。このため温度管理が不十分であれば、低アルコールであるがゆえに発酵が容易に進んでしまい、開栓が困難になってしまう。この対策として、蔵はもちろん酒販店での保管においても、マイナス5度以下の超低温管理が必要であり、ユーザーが手に入れるまで、可能な限り発酵の進行を封じ込めている。
実に扱いづらい酒なのだが、当蔵としては、そもそも量が出来ない代物なのだから、この欠点を理解してくれる方だけが大事に飲んでくれれば良いとしてこの方向性を貫いている。こうして「天蛙」は当蔵作品のなかでも特に扱いが難しい完全プロ向けの作品として認知され、人気作品としてプライベートラボの一角を占めることとなった。 -
23BY July.2011 - June.2012紫八咫(むらさきやた)第二世代
- 価格:¥2,200-/720mℓ
- アルコール分:16度
- 精米歩合:60%
- 原料米:美山錦
- 日本酒度:-25 / 酸度:2.5 / アミノ酸度:1.5
前シーズンに登場した「紫八咫」の総採取量の約半分を添加して醸造された第二世代である。まさに「世代」と呼ぶにこの酒ほどふさわしいものはない。2008年冬に醸造した「六號 純米」から始まり、2009年冬にこれを添加して「陽乃鳥 第一世代」が仕込まれ、さらにこれが添加されて2010年冬に「紫八咫 第一世代」が生まれ、そして本作品と連綿と酒のDNAが受け継がれている。
「紫八咫」は、販売までは数年以上のスパンを要するため、原料米には美山錦などの堅く溶けにくく、酒の寿命が長くなるような品種を用いている。また貴醸酒製法では酵母が強健になるため、アルコール度数も通常の当蔵作品よりも高くなっている。
また長期に及ぶ瓶貯蔵が前提のこの作品には、「茜孔雀」同様、生酛系酒母が用いられている。これにより、さらに長熟の貴醸酒になったことは確かである。なお本作品は3年後の2014年から毎年、年間100本限定で一般発売になっている。 -
23BY July.2011 - June.201290% 純米
- 価格:¥1,155-/720㎖・¥2,415-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:90%
- 原料米:酒こまち
- 日本酒度:-2 / 酸度:1.5 / アミノ酸度:1.3
当シーズンの「90%純米」は、原料米の良さに支えられて過去最高の出来となった。この頃は、全量純米化を目前として、さかんに低精米の技術を磨き上げていた頃である。実際にシーズン末期には、普通酒ランクの酒において、醸造用アルコールを入れずに純米酒として搾っていたが、じゅうぶんな手応えを感じていた。当蔵はこうした低精米の酒について、一定の技術を得たものと確信するに至っていたのである。
だが、それは大いなる勘違いであった。こうした低精米の酒は、原料の質を余すところなく反映してしまう。当シーズンの低精米酒の出来が良かったのは、原料に恵まれたからでしかなかった。
そんなことも知らず純米蔵目指して突き進む自信満々の当蔵の前に、翌年、史上最悪のヴィンテージ米が立ちふさがることになる。そう、当蔵は翌季の24BY(2012-2013)において最悪のタイミングで「純米化」を迎えてしまうことになるのだが、この頃はまだそれを知らなかった。 -
23BY July.2011 - June.2012特別純米 ブラックラベル 第三世代
- 価格:¥1,220-/720㎖、¥2,439-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:60%
- 原料米:酒造好適米
- 日本酒度:+2 / 酸度:1.5 / アミノ酸度:1.0
県内限定の「レトロシリーズ」の中核である「ブラックラベル」であるが、数年かけて安定的な売上を誇るようにはなっていたものの、造り手からすると、いささか消化試合的な趣があって面白みに欠けるというのが正直なところであった。
これは販路における制約である。「レトロシリーズ」は、秋田県内のスーパーやら一般的な酒屋やらに置かれるものであって、誰が買うかが全くわからない。そのため、酒の設計などについてもあまり実験的なことができないのであった。
「やまユ」「亜麻猫」などの直接取引の作品については、要冷蔵体制で管理してもらえるし、きちんとお客様まで酒の背景情報が届くので気持ちが楽である。年度ごとの味の変化についても、妥当な理由さえあればユーザーはむしろ楽しんでくれるし、造り手としても自由闊達な酒造りができるのが魅力だ。これに比べると、どうしても広域販売の酒については、あらゆる面で保守的な姿勢にならざるを得ない。
年々、思いを強くしてことは、たとえ地元向の酒とはいえ、販売先はもっときちんと選びたいということだった。酒蔵に帰って以来、酒造りや経営の先生役を買って出てくれた「ゆきの美人」の三代目蔵元・小林忠彦氏はよく言っていた。
「俺はトイレットペーパーが売っているところで、自分の酒は売らない」
この言葉は衝撃であった。実際、彼の「ゆきの美人」は有名な地酒卸を通じて全国の地酒専門店にのみ供給されており、高い評価を得ていた。地方の零細蔵が、スーパーやらコンビニの日用品の売り場で、コスト重視の大手の製品と並べられても勝てはしない。彼はそうした事実をはっきりと言葉にしてくれたのであった。
自分の蔵もそうでありたい。このまま「直接取引」の作品群が成長してゆき、それだけで売上が立って、すべての酒で100%自分のあり方を貫き通せるならどんなに楽しいだろうか―――ずっと持ち続けていたそんな夢想が実現されるのは、ここから3年後、火入れ定番の「Colors」シリーズが本格始動してからになるのであった。 -
23BY July.2011 - June.2012特別純米 ピンクラベル しぼりたて生原酒 第一世代
- 価格:
- アルコール分:16度
- 精米歩合:60%
- 原料米:酒造好適米
- 日本酒度:-2 / 酸度:1.5 / アミノ酸度:1.0
県内向きの「レトロラベル」にも「しぼりたて」を投入してみたのがこのシーズンであった。シーズン最初期の特別純米を無濾過で瓶詰めし、即時に出荷するというものである。もちろん「初しぼり」などといった名前で、普通はどこの酒蔵もやっている企画であるが、当蔵においては「六號 しぼりたて」を優先して醸造するために、これまで県内ではリリースしていなかったのだった。
なお、当シーズンは「ひやおろしバージョン」も県内市場に投入している。 -
23BY July.2011 - June.2012純米吟醸 ヴィリジアンラベル 第一世代
- 価格:¥1,550-/720mℓ・¥3,100-/1800mℓ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:55%
- 原料米:酒こまち
- 日本酒度:+3.0 / 酸度:1.5 / アミノ酸度:1.0
地元秋田でも「やまユ」「亜麻猫(あまねこ)」といった特約店専用の商材は人気に火が点いていたころであったが、それ以外の一般販路の作品については苦戦が続いていた。特に一番売れてほしかった高級酒「グリーンラベル」の売れ行きが芳しくなかった。また前季の山廃酒母の壊滅的な醸造ミスから「ホワイト」も終売になってしまっている。唯一「ブラック」が孤軍奮闘しているばかりで、「レトロラベル」シリーズは瓦解しつつあった。
そのような改めてテコ入れが必要な状況で、「グリーンラベル」をブラッシュアップして再投入したのがこの「ヴィリジアンラベル」であった。
酒質以外の大きな変化としては、地元においても流通経路を地酒専門店に限ることにしたことだった。「やまユ」「亜麻猫」などを扱う店にのみ卸し、要冷蔵としたことである。このため、より鮮度が高い味わいをお客様にお届けすることが可能になった。
このように要冷蔵の高級酒をメインに扱う地酒専門店は、地方都市にはそんなに多くない。当然だが専門店に求められる基準は高く、そこらへんの町の酒屋にはとうていクリアできない設備と、店主自身の熱意ならびに能力が必要となるからだ。
地酒専門店を名乗るための大きなポイントとしては、当然じゅうぶんな貯蔵設備(-5度~+5度の冷蔵庫)があるかどうかである。また教養(酒にまつわる文化的知識やテイスティング能力)、自分の取扱銘柄に対する熱意(生産場所の見学を定期的に行っているかなど)は言うに及ばず必要だ。
最後に営業力(日本酒を啓蒙するという活動)も欠かせない。地酒の蔵は営業やPRといった最前線の仕事をあらかた専門店に任せている。そのかわりに、酒蔵は流通を限定して、個々の酒屋の商圏を保護しているのだった。地酒の新規客の開拓は、本来は専門店の行うべき最重要の仕事である。
そういう意味では、当時、全国的な基準で「地酒専門店」を名乗れる酒屋は秋田市内で3軒ほど。全県でも6軒ほどが関の山であった。しかし、そこからスタートする酒のほうが、息の長い販売につながるようであった。
結果としてこうした取り組みが軌道にのり、数年後に当蔵の酒は100%地酒専門店のみによる販売に集約される。いずれ県内外の区別はなくなり、「レトロシリーズ」は「Colors」として生まれ変わることになる。なおヴィリジアンとは絵具に用いられる深い緑色のことであり、蔵元の一番好きな色でもある。蔵元集団「NEXT5」における「新政」のテーマカラーもヴィリジアンである。 -
23BY July.2011 - June.2012六號 純米
- 価格:¥1,155-/720㎖・¥2,415-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:60%
- 原料米:酒造好適米
- 原料米収穫地:秋田県産
- 日本酒度:+3 / 酸度:1.6 / アミノ酸度:1.0
6号酵母といったレトロな酵母や、「亀の尾」などの歴史の古い米は、現在主流の酒造りではカバーできない特性をもっている。そもそも酒造りは西日本が中心となって発展してきたので、高級酒の醸造においては「山田錦」で考えることが普通である。また酵母については「香り系」と呼ばれる平成に入ってから普及した酵母が今やメジャーな存在となり久しい。当蔵は置いてきぼりにされた遺物のような素材をかき集めて醸造しているために、どこかの研究所で発表される最新の製法や醸造理論などを学んでも適用できなくなっていたのである。
そこで、「やまユ」などを開発する過程で、大正から昭和初期の、五代目卯兵衛の時代の製法を研究し始めることになった。五代目の時代は、全国清酒品評会での名誉賞、あるいは全国新酒鑑評会の連続主席など傑出した成績を残していたことから、古い出版物に仕込み配合や製法が掲載されていることも少なくはなく、情報の入手にはさほど苦労はしなかった。
こうした古い文献を日常的に読みこなしてゆくうちに、当然のごとく生酛系酒母を初めとする伝統技法への親しみは強くなってゆくばかりであった。そしてついには、よりクラシカルな製法で蔵全体を統一したいという欲求が強まってくる。
それもこれも、まずは当蔵が使用酵母を「6号酵母」に統一したことから始まっている。つまりは「六號 純米」の存在こそが変革の「象徴」のひとつとも言える。年々人気が高まっていた「六號 純米」であったが、当季にはよりコンセプトを鮮鋭化した「No.6」も登場することになり、市場においても「新政」が「6号酵母」の発祥蔵という事実は、単なる酒好きな方を超えて広まりつつあるようであった。 -
23BY July.2011 - June.2012六號 純米しぼりたて
- 価格:¥1,313-/720㎖・¥2,625-/1800㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:60%
- 原料米:酒造好適米
- 原料米収穫地:秋田県産
- 日本酒度:+3 / 酸度:1.6 / アミノ酸度:1.0
「しぼりたて(初しぼり)」、「夏のなまざけ」、「ひやおろし」の3つは、(諸説はあるものの)日本初の地酒卸会社である「日本名門酒会」(*)が主導して市場に定着させた商材と言える。いずれも、モノよりコトを重視して、季節感を感じながら、その折々の味わいの酒を愛でていただく実に乙な企画であることは間違いはない。
ただしこのシーズンくらいから、当蔵としてはこのような季節モノを醸造することに乗り気でなくなってきていた。こうした季節モノは市場であまりにも乱発されすぎており、客としても食傷気味ではないかと思うのであった。
本来初冬に発売されるべき「初しぼり」は、年中酒造りが可能になってきたために、蔵によっては初冬を外れた時期にリリースしていることも珍しくない。また「夏の生酒」にしろ、5月ころにリリースするところも現れてきていた。「ひやおろし」の発売日も各酒蔵が恣意的に決定するため、市場は混乱しがちであった。基本的には、早く売ったほうが売れるという経営的判断で、こうした季節モノの発売日は、どんどん前倒しになってゆくのだった。
できれば、こうした曖昧なやり方ではなく、狙い定めた日に酒をリリースするほうが性にあっている。そのような意味では、元日にリリースする「新年しぼりたて」あるいは地酒卸である「日本名門酒会」が開催する「立春朝搾り」などは当蔵にとっては相性のよい試みであったと思うのだ。
こうしたことから、後年当蔵は「夏の生酒」や「ひやおろし」を廃して、クリスマスに酒をリリースしたり、6月6日の「六號酵母の日」に酒をリリースしたりと、より厳密な形で「ハレの日」のための酒を醸造するようになってゆく。
*「日本名門酒会」とは、“地酒のパイオニア”と呼ばれ、地方銘酒を全国で初めて流通させた地酒卸である。 -
23BY July.2011 - June.2012六號 純米吟醸
- 価格:¥1,980-/720㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:50%
- 原料米:麹米、吟の精/掛米、酒こまち
- 原料米収穫地:秋田県
- 日本酒度:+2 / 酸度:1.6 / アミノ酸度:0.8
地酒卸「日本名門酒会」(*)にのみ提供する作品である「六號」シリーズの上位機種「六號 純米吟醸」。当シーズンは最後のリリース年であった。シーズン後半から、後継作品の「No.6」がリリースの運びとなったため、造り分けをする余裕もなく、県内向けの「ヴィリジアン」として造られた酒の一部がこの酒として充当された。
「No.6」は「六號 純米吟醸」の後継作品であるが、酒質ばかりでなく販売方法においても大きな変更を施している。「六號 純米吟醸」は、「日本名門酒会」に加盟している店(全国で約1800店)なら、いつでも発注することができた。しかし「No.6」の取扱店については、どこでも良いというわけでなく、当蔵から指名することとした。
具体的には、当蔵とすでに密接な関係性を築いている(つまり直接取引をおこなっている)専門店のうち、たまたま「日本名門酒会」にも所属している店舗を指名している。気心の知れた仲間とこじんまりと売っていけばいいと考えていたのである。
ただし「日本名門酒会」側からも、「六號 純米」や「六號 純米吟醸」を一定量以上購入している店について推薦があったため、受け入れることになる。こうして、初期の「No.6」の取引構成員が決定。後年、当蔵の冷蔵設備環境が完成し「No.6」シリーズは全量「生酒」でのリリースとなるのだが、その際に取引メンバーの入れ替えも行われた。こうして「No.6」の流通も含めたクオリティは次第に向上し、その知名度も増してゆくことになる。
*「日本名門酒会」とは、“地酒のパイオニア”と呼ばれ、地方銘酒を全国で初めて流通させた地酒卸である。 -
23BY July.2011 - June.2012秋田流 純米酒
- 価格:¥2,100-/720㎖ 完売済
- アルコール分:15度
- 精米歩合:75%
- 原料米:酒こまち
- 原料米収穫地:秋田県産
- 日本酒度:+2 / 酸度:1.6 / アミノ酸度:1.0
純米造りへと移行する過程で、前シーズンを限りに「秋田流 本醸造」が終売しており、当季からは「純米」のみの製造となっていた。大吟醸、吟醸もすみやかに廃止していたため、残るアルコール添加酒は「普通酒」のみとなり、蔵では盛んに酒こまち85%精米での最終実験が行われている最中であった。
実際、純米造りに移行する際にもっとも苦しんだことは、市場の反応であった。本醸造系が終売し、かわりの低価格な純米酒を市場に受け入れてもらえるよう蔵元は全国行脚を行っていた。自社の新しい純米は確かに若干の値上げとなるものの、かつての本醸造よりも味わいにおいては上回っている。その変更依頼は快く受け入れてもらえるのではないかと思われた。しかし結果として、ほぼすべて大口の飲食店取引が停止となる事態を招いてしまうことになる。
蔵元は特に東京や仙台に足繁く通い、純米酒への変更とそれに付随する値上げの説得交渉に努めた。しかしながらすんなり純米酒への移行を認めてもらった例は皆無であった。煙たがられ話は平行線を辿るばかり。「メニューの一番安い酒を値上げできない」「味が気に食わない」などさまざまなネガティブな感想をいただいた後、最後は「アルコール添加酒の継続」を求められるばかりであった。しかし、当蔵にはどうしても引き返すことはできなかった。
冬場のハードな酒造りの後、夏場に営業で叩きのめされる。新屋工場の解体をめぐって起きた損失のために念願だった投資もできなくなるし、息つく暇も金もなかった。
この頃は日本酒の業界自体が回復基調にもあり、当蔵としても順調にクラフト作品が伸びていたおかげで、2008~2009年の頃に比べると赤字の額はかなり減少していた。少し前まで蔵元は自分の貯金を削って醸造機器を買ったり、出張の際に24時間サウナや漫画喫茶で夜を明かすほど経費を切り詰めていたものだったが、この頃はそこまでする必要もなくなっていた。
しかし解体業者に騙されてから、蔵元はショックのためにまた(無駄に)極端な倹約志向になってしまっていた。ホテル代がもったいなく、新橋のベンチで数度夜を明かしたのはこのシーズンのことであった。 -
23BY July.2011 - June.2012究 ザ・レッド(「究」第四世代)
- 価格:1,500円 720㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:麹米50%、掛米55%
- 原料米:あきた酒こまち(大潟村フールドセンター産)
- 日本酒度:+2 / 酸度:1.7 / アミノ酸度:0.9
前シーズンに引き続き醸造された「究 ザ・レッド」である。秋田県立大学の岩野君夫教授が、独自の手法で選抜した6号酵母の変異株である「K601 ARL-6」を使用しており、通常の「きょうかい6号」を使用した定番酒より、どことなく爽やかな酸味が感じられる酒に仕上がっている。
ただし、こうした変異株の使用について、蔵元は当季限りで使用をストップしようという覚悟を決めていた。折しも「全国新酒鑑評会」においてノーマルの「きょうかい6号」で入賞したことから、社内においても、変異株はもうやめよう、本来の6号酵母の可能性を純粋に醸造技術で探っていこうという機運になっていたからである。
とはいえこうした変異株は、当蔵の技術顧問とも言える岩野教授がせっかく提供してくれたものである。無碍に止めるわけにもいかない。また変異株からできる酒自体もなかなか面白く、酒造家としては非常に興味深いことには間違いはなかった。
「究」だけでも変異株の使用を存続させるべきであろうか、それでもすっぱり「きょうかい6号」に統一したら良いだろうか。当時は急速に蔵のコンセプトが先鋭化していた頃で、経営・販売・醸造のいずれにおいても変化に伴う決断が求められ、それにまつわる懊悩が尽きぬシーズンでもあった。 -
23BY July.2011 - June.2012究 ザ・グリーン
- 価格:1,500円 720㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:麹米50%、掛米55%
- 原料米:あきた酒こまち(大潟村フールドセンター産)
- 日本酒度:+3 / 酸度:1.4 / アミノ酸度:1.2
こちらは「ザ・レッド」と対になる「グリーン」タイプであり、6号酵母の変異株である「K601 ARL-7」を用いて醸造されている。通常の6号酵母よりも、酸もやや少なめで、アミノ酸が高く、ややマイルドに感じられる酒質となっている。
こうして岩野君夫教授の手による3つの変異株(PPS-1、ARL-6、ARL-7)が数年をかけて、すべてお目見えしたことになり、変異株の味わいの違いをテーマとする「究」の取り組みは一段落となった。翌シーズンからは、秋田県立大学が保有するフィールドセンターとの原料米栽培がメインの事業となり、新しい「究」の取り組みが展開されてゆく。 -
23BY July.2011 - June.2012オクトパスガーデン (2011-2012)
- 価格:3,000円 720㎖ / 6,000円 1800㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:35%
- 原料米:あきた酒こまち
- 日本酒度:+1 / 酸度:1.7 / アミノ酸度:1.0
当シーズンの全国新酒鑑評会は、古関弘氏の醸造した「酒こまち」100%使用の純米大吟醸が入賞となった。この年は、いわゆる香りが高い自社保有の6号酵母の変異株を使用せず、(「究」以外の当蔵の他の酒と同様に)一般的な醸造協会が頒布する6号酵母で出品している。
前シーズンの新酒鑑評会においては米が溶けなさすぎたのもあり、第一審で落選していた。そこで、どうせなら新しいトライをしてみようという意味で、当シーズンより高香気成分型の6号酵母変異株「六號 改」は封印することになった。蔵元としても、本来の6号らしからぬ香りで賞をとっても、もはや嬉しくなかったので良い機会であった。
杜氏である鈴木氏、副杜氏の古関氏、そして蔵元の3人でそれぞれ一本づつ純米大吟醸を担当したが、古関副杜氏の酒が抜群の出来であった。ただし味は良いとはいえ、こうした利き酒のコンテストとしては酸が高すぎるきらいがあった。また香りも心もとないほど、地味であった。
社内の誰もが落選であろうと思っていたのだが、これがまさかの入賞を果たすことになる。金賞ではなかったものの、これはまさしく快挙であった。
ちなみに全国新酒鑑評会の出品酒のほとんどすべてが香り系酵母を使用して醸されている。「きょうかい酵母」の酵母群においては、「16号」以降が香り系酵母と称されるのだが、特にこの23BY当時は「18号」がその飛び抜けた醸造特性のため大きな話題になっていた。また圧倒的な芳香を誇る「明利酵母」というものもロングセラーであり、「18号」と双璧の人気であった。また各都道府県においても数え切れぬほど香り系酵母は開発されている。当時は、コンテストに限らず一般市場においても「香り系にあらずんば高級酒にあらず」とでも言わんばかりの占有率であった。
こうした四面楚歌の中で、香り系酵母でない酵母、とくに協会のシングルナンバー(きょうかい6~9号)単体でコンテストに挑むのは至難の業である。もちろん、以前から9号酵母で入賞する例、あるいは金賞を取る例もあったが、それも年に1~2蔵あるかどうかのレベルである。
平成に入るまでは、どこの蔵も「9号」でしのぎを削っていたはずだったのが、いつのまにか「9号」で金賞を取ることが至難の業になってしまったのだ。
そんな背景の中で、きょうかい酵母中、もっとも香りが低い「きょうかい6号」で入賞を果たしたことは、発祥蔵としてもたいへん名誉なことであった。しかもこの酒は、そのすべてのアプローチがいわゆるコンテストで勝ちやすい王道の製法から外れている。全出品酒の八割ほどを占める「山田錦」を使用しているわけでもない、さらには九割ほどを占めるアルコール添加酒でもない。秋田県産米(酒こまち)+純米造り+「きょうかい6号」の純米大吟醸酒なのである。
この記念すべき作品によって、その後の当蔵は、より地域性を重んじ、また伝統的製法へ傾倒してゆくことになる。 -
23BY July.2011 - June.2012160周年記念純米大吟醸改良信交
- 価格:3500円 720㎖ / 7000円 1800㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:40%
- 原料米:改良信交
- 日本酒度:±0 / 酸度:1.5 / アミノ酸度:1.0
亀の尾- 価格:3500円 720㎖ / 7000円 1800㎖ 完売済
- アルコール分:16度
- 精米歩合:40%
- 原料米:亀の尾(秋田市大潟村産)
- 日本酒度:+5 / 酸度:1.8 / アミノ酸度:1.2
新政酒造は1852年創業である。2012年にはめでたく160周年を迎えることになり、それを記念した特別ボトルを企画することになった。当初は「改良信交」でリリースする予定であったのだが、急遽「亀の尾」も加えることになった。創業記念酒としては、できるだけ歴史性を重んじて、古い原料を使用すべきとの意図である。
しかし、この明治生まれの「亀の尾」は当蔵が扱う最古の米にして、最大の難関であった。かつて頒布会で初めて醸した「亀の尾」は素晴らしい出来栄えであったが、それ以降はぱっとしない出来が続いており、米の品種名を謳って販売することができていなかった。どうやっても、渋くて苦い味わいが目立ってしまうのだ。
「亀の尾」を使いこなすにはより高い技術が必要なのだ。そしてそのような技術は、もしかして現代の酒造りの中にはないのかもしれない。そもそも「亀の尾」などは現在主流の酒造りでは過去の遺物として研究対象になっていない。考えてみれば、6号酵母といったレトロな酵母もそうだ。当蔵は誰も見向きもしないような古い素材をかき集めて醸造しているために、現在の先端の酒造りの情報が徐々に役立たたなくなってきているのを痛感していた。そして自然と、情報源は、昭和初期、明治大正、江戸―――と次代を遡っていくのだった。
この「160周年記念酒」は、「やまユ」のコンセプトをさらに深化させたものとして、五代目佐藤卯兵衛による黄金期とそれ以前の酒造資料なども参考にして醸された酒であった。味わいは、鋭く軽快な「亀の尾」、まろやかな「改良信交」という予想された対比になったが、特に「亀の尾」の出来はたいへん良く、久しぶりに満足行く出来に仕上がったという印象であった。
デザインは、「見えざるピンクのユニコーン」や「オクトパスガーデン」といった高級酒のスタイルを踏襲している。160周年の「6」の字が丸く囲われているが、これは当蔵の歴史の中における6号酵母の重要性の暗示である。 -
23BY July.2011 - June.20122012年頒布会
新政酒造160周年記念特別企画
『すばらしき純米の世界』- 3月の頒布 [珍しい造り方の純米酒]
- ・シャンパンのような純米酒~微発泡特別純米~ 720ml
- ・純米酒で仕込んだ純米酒~貴醸酒~720ml
- 4月の頒布 [ナチュラルな造り方の純米酒]
- ・焼酎麹で仕込んだ純米酒 720ml
- ・山廃仕込みで造った純米酒 720ml
- 5月の頒布 [精米歩合の違いすぎる純米酒]
- ・低精白で造った純米酒~90%磨き純米~ 720ml
- ・高精白で造った純米酒~35%磨き純米大吟醸~ 500ml
年々、趣味性が高じる一方の「頒布会」であったが、当シーズンのテーマは「素晴らしき純米の世界」である。来たるべき純米蔵化を目前に控えての、象徴的な名称といえよう。
特筆すべきは、のちの当蔵の二次発酵スタイルである「スパーク」シリーズに通じる「シャンパンのような純米酒」であろうか。こちらは、混和するもろみの量を極端に減らした二次発酵酒であり、同シーズンに登場した「天蛙(あまがえる)」の練習台として作成したものである。なお「シャンパンのような」とは、今から考えると赤面ものの言い回しであるのが懐かしい。
ほか、「90%純米」「亜麻猫(あまねこ)」「陽乃鳥(ひのとり)」と同じ製法の酒が入っているなど、当蔵のアヴァンギャルドな側面をいまだ知らない客層に、「現在の新政」のスタイルを届けたいという意志が垣間見える意欲的なラインナップといえる。